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カテゴリ:タイの犬( 7 )

 

ブルートの子犬のころ

バンコクの洪水被害の様子がニュースで流れ、8年ほど住んでいた私も気になります。
タイに住む友人たちからはfacebookやTwitterなどから無事な様子が伝わってきますが、やはりニュースでも伝えられているアユタヤ地区の工業地帯の浸水被害は相当な様子。  
日本の震災とタイの洪水でダブルな被害の企業もあるでしょう。
一日もはやく平穏な生活をおくれるように祈っています。

タイ生まれのブルート  
はじめてブルートに会ったときの写真。 隣に寝ている子はブルートの同胞犬。 大きさがブルートもほぼ半分でした。
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そしてその翌週。オットは日本へ出張中でしたが、承諾なしに連れてきてしまいました。
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生後4ヶ月兄犬バーディと一緒です。 このころはまだカメラ目線です。 こうしてみると、ちっちゃいですね。
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甘えん坊なところは今とあんまりかわらないね。
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by bbwan | 2011-10-16 22:58 | タイの犬 | Trackback | Comments(11)  

来客!

Butcher 家 来プラハ
バンコクの友達がUKに里帰りのついでに、プラハまで足を運んでくれました。
タイのおみあげ UKのおみあげもいっぱいです。 
ブルートも思い出したみたいで飼い主同様熱烈大歓迎。

しばらくブログをお休みします。 

by bbwan | 2007-05-07 06:53 | タイの犬 | Trackback | Comments(5)  

最期を看取るということ

5日、日本から悲しい便りがありました。
バンコク時代の犬飼い仲間から、犬友達 黒ラブバディ6歳が長い散歩へ旅立ったとの報告です。 今頃バディは虹の橋に着いたかな。。

日本に帰国して1年。 4月上旬、バディの脾臓腫瘍を摘出、それが他の臓器にも転移しているという。 摘出から長くて半年と言われていたそうだが、進行は早かった。 
バンコク時代の仲間である獣医師のH先生がバディの旅立ちを見送ったとの報告を受け、先生も飼い主もどんな思いで最期を看たのかとあれこれ思いを馳せた。 

写真をみてたら、頭のなかがぐるぐるしてまとまらなくなってしまった。
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我が家の犬達は、私が看取ることなく虹の橋にいってしまった 慌てん坊さん。
せめてブルートは慌てないでほしいな。

by bbwan | 2007-05-06 04:00 | タイの犬 | Trackback  

ハンディキャップのある動物の家 タイ

 日本に帰ってテレビガイドを見ていたら、 KABAちゃんがタイのある動物愛護団体のお手伝いをした という特別番組をみつけた。 あいにく私が日本に帰る前に放映されたようで、早速タイの友達にSkypeしてみたら、すぐにレンタルビデオ屋でチェックしたとの報告があった。
その動物愛護団体とはタイ語を直訳すると、 体にハンディのある動物の家 という団体。
私がバンコクにいたときに、気のあう犬仲間達と微力ながら支援してきた団体なのです。 
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  私はバンコクへ引っ越した当初は、街にいる野良犬に眉をひそめていました。 道路の脇に屋台があると、かならずそこには数匹の野良犬たちがいて、餌をねだり、道端で寝ています。 
タイでは、タイ仏教の「生類をあわれみ、共存していく」おしえに従って、野良犬、野良猫が刹処分されることはありません。 また、野良犬といっても特定の飼い主がいないだけで、その地域の人たちからえさをもらって生きています。 寒くなるとTシャツをきた犬もいるくらい。  そんな犬たちをみていると、気まま暮らしのせいかとても顔はおだやかです。  折につけ、やさしさを感じるタイの生活で、これら野良犬達はタイ人のやさしさの象徴なんだと思うようになりました。
  あるとき、ペットのイベント会場でこの団体のことを知りました。 普通の一女性が、事故や虐待がもとで体が不自由になった動物を自宅にひきとり、家族で世話をしたところどんどんそれらの動物が増え、自分の土地に「体にハンディのある動物の家」をつくりました。 その後資産家の女性や、高名なお坊さんなどが土地を提供し財団となりました。 活動資金はすべて寄付。 動物たちの世話はボランティアスタッフ。  ここをおとずれたとき、体の不自由な動物達には悲壮感は感じず、むしろ健気な姿に驚きました。   そして、財団の存在をただアピールするのではなく、一人でも多くの愛犬家、愛猫家となり、傷ついた動物を増やさないための、財団の庭での動物と一緒に参加する運動会や、高原キャンプといった楽しいイベントがおこなわれ、 犬と一緒に参加しましたが、ほんとに楽しかったです。  
  今なぜ日本のテレビ局がその団体をとりあげたのかはわかりません。 でも多くの人たちに知ってもらえることはいいことですね。 放映後その団体に寄付をしたいという問い合わせが多いようです。
  

by bbwan | 2007-02-02 04:37 | タイの犬 | Trackback | Comments(18)  

タンブン(徳をつむ) 

 トラムに乗ったら、何やら聞こえる柔らかい言葉。 ひょっとしてと思い、声をかけたらタイの人たちでした。 自分自身びっくりするほどタイ語がすらすら出てきて、聞いてみたらプラハで新しくできたタイマッサージ&タイ料理のお店をマネージメントしている人たちでした。   最後はワイ(合掌)しあってサワディーッカと別れました。 なんだか気持ちのいいものでした。

敬虔な仏教の国 タイ  ここで私は犬のグルーミングを学びました。 技術云々より何より、先生や他の人たちから学んだことで一番感銘を受けたのは、タンブン (徳をつむ)ということでした。  タイの人たちは善行することを人生の行動規範にしていますので、動物のお世話ができることは徳をつむのと一緒なので、それは喜びなのだと。 
飼い主の怠慢で毛玉だらけ、ダニだらけの犬がきたとき、そのダニの多さに私は閉口し、私は大騒ぎをしたものですが、先生ほかタイ人スタッフは動じるどころか騒ぐ私に
ーこのこが悪いのではないから。この子がきれいになれば、私達も徳をつみ、私達こそ気持ちがいいのだから。 つまり私達こそ、癒されているのだよ といってワイ(合掌)
 そういう先生はオランダ、イタリアでグルーミングの勉強をし、特にイタリアではグルーミングの世界大会でもジャッジをつとめる 大御所セラフィノ  リパモンティ氏から愛弟子といわれ、『君が教える生徒は私が教えたのも同然』とまでいわれた人。   今は教えることはしていないリパモンティ氏ですが、先生の名前を出せば私にも教えを乞うチャンスがあるといい、私をチェコへ送り出してくれました。  (私にはそんな根性も、技量もないですが、ミラノにいったら会いにいこうかなーと思ってます。)
  
  仕事をするまでにいたりませんが、プラハでも頼まれたらやらせてもらっています。  犬や飼い主との出会いもうれしいし、感謝の気持ちが何よりのご褒美かも。 
    もちろんもちろん、ブルートのお世話は私の最大の喜びよ
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きっかけはバーディのお手入れなんだけれど、、、。

by bbwan | 2006-06-27 18:34 | タイの犬 | Trackback | Comments(26)  

雑貨の宝庫 タイ

去年まで私が住んでいた 「タイ王国」 ここは雑貨の宝庫。 特にチャトチャークウィークエンドマーケットとよばれる週末だけオープンする市場はアジア雑貨の聖地といっても過言ではありません。
東京ドームほどの広さのなかに、ありとあらゆるもののお店があり、ないものはないと断言できます。 もちろんペットのコーナーはあり、それに関係のあるグッズもあります。
そんななかで私が見つけたお気に入りの犬用品を公開します。
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クッキージャー。犬のおやつを入れています。右は友達が市場で見つけてくれた、イギリスデパートM&Sのもの 左はのっぽさんみたいなわんこが気に入って買いました。 約600円 


f0077150_19585533.jpg 右はJRTの絵が気に入り値段を聞いて驚きました。 100円強。 値切るも何も店員の気が変わってはいけないと思い即決。 左はイギリス系の陶器で400円ほどでした。

 
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犬や動物のミニチュアコレクション。 ガラスのケースが2000円くらい。そして市場にいくたびに買い足していってケースを埋めていくという楽しみがありました。
右手前は日替わりカレンダー。 そして左側はタイセラドン焼の犬 多分ミニチュアダックスでしょう。

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 市場内にはペットアパレルで有名なPampetというお店があります。 海外にも輸出しているこのTシャツは500円くらい。 でも日本で見ると6000円ほどで売られています。 


ガイドブックにものっているこの市場は、観光客だけでなく一般のタイ人や、雑貨のバイヤーも仕入れにくるので市場内は大混雑。 そして炎天下のなかでの買い物は結構きついものがあります。 でもそれってタイでの雑貨探しの醍醐味かもしれません。 

by bbwan | 2006-03-19 18:11 | タイの犬 | Trackback | Comments(24)  

シンガポールの思い出

ドイツの うるわしさんがシンガポールへいくというので、昔の記憶をいろいろと思い出してみました。 

私が住んでいたのは もう11年も前のこと。 92年に一度旅行でいったことがあり、そのときはトロピカルな南国に高層ビルが建ち並び、アジアの縮図といったような多民族の感じが私には近未来都市を思わせるようでした。 

 
 

実際暮らしてみると、一年中気候の変化はほとんどなく、便利で、あまり不自由さを感じなかったのですが、「おつきあい」の大変さを学んだような、、、。 主人が勤める同じ会社の奥様同士お茶会や食事会も盛んで、歓迎会で何を手みあげに持っていったらよいかと悩んだことを覚えています。  ちいさな国ですが、在星の日本人も多かったので、狭い社会で気苦労しました。


  

 そのころ、YWCAの英語を母国語としない人たちのSATを受験するためのクラスに参加しました。
クラスメートは8人ほど。 中国、マレーシア、インド、スリランカ、タイ、台湾、ブラジル、日本という構成です。 16歳の中国人の男の子をのぞいては主婦で女性。
インドの女性も17歳ですが、インドからおみあいでインド系シンガポール人と結婚。
スリランカの人は自国の人と結婚し夫婦で出稼ぎにきて、メイドとして働き雇い主がお金をだして勉強させてもらっていました。
中華系マレーシア人は、超リッチ。デビ夫人という風貌といえば想像できるでしょう。夫にはいつも何人かの愛人がいていやがらせの電話が英語でかかってくると、、。この人はベンツ通学でした。
ブラジルの女性はご主人がパイロット。 ラテンの国の女性らしくとってもセクシー。
タイ人の女性は日本にも留学経験のある才媛で、タイでシンガポール人のご主人と知り合い結婚。 SATを受けてシンガポールの大学にいきたいといっていました。
そして先生というのがこれまた、シンガポールの新聞をにぎわすインド系財閥のご令嬢。 5歳の誕生日はロールスロイスだったというから驚き。 
そんなキャラの濃い人たちの間で繰り広げられる痴話のエピソード。 毎回だれかが自分のことを話しているうちに、興奮して泣き出すこともあったり、私はどんなに夫に愛されているかを自慢する人あり。 人前でこうもぺらぺらと自分のことをドラマティカルに話せるクラスメートに私は
驚きつつも、学校にいくのがなにより楽しみでした。


 

 シンガポールではまもなく犬も飼いました。最初SPCA(Society for the Prevention of Cruelty to Animals)のペットの里親になろうと足繁く通っていましたが、やはりピンと来る物がなく、ペットファームで出会ったJRTに一目惚れ。 それがJRTとの出会いであり、今に続いているわけです。 



 思い出していたら長くなりました。 最後まで読んでくださってありがとう。 

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by bbwan | 2006-03-11 21:12 | タイの犬 | Trackback | Comments(22)